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「山田さんが怪我したって」それは、小さな集落にあっという間に広がっていった。
ここは西東京でも山間の小さな集落で、民家が数軒寄り添うように並んでいる。
ここの後にも先にも、家の影も形も見ることはないのだ。
「怪我って?」「左手を捻ったんだって」トマトを収穫しながら母が答える。
「数日で良くなるらしいけど」と母。
「当分は不自由なことだろうね」。
この集落で一番若いのは私で、それでも40代。
近くの町の診療所の看護婦として、ここに移り住んでいたのだ。
その診療所のドクターも60代後半、少子高齢化の見本のような町、集落だった。
山田さんも高齢で、一人息子は町で生活していたのだった。
彼は何をやっていたのだったか?収穫したトマトを持って、山田さん宅に向かう。
玄関に出てきた山田さんは元気そうで、左手に巻かれた白い包帯がなければ、何の変わりもないように見えた。
「何か困ったことがあったら、何でも言って」その母の言葉に、山田さんが微笑む。
「大丈夫、実は便利屋さんをお願いしたから」便利屋さん?「普段は西東京の都心部を中心にやっているんだけど、今回はここまで足を伸ばしてくれるって」「何もそんなもの頼まなくても」山田さんが再び微笑む。
「その方が頼みやすいしね」その日の夜、煮物を持参した私の前に男の人が出てきた。
台所で料理をしていたらしい。
「いつも母がお世話になっています」彼が頭を下げた。
母?!笑いながら彼が言う。
「便利屋をやっているんですが」奥をチラッと見て、言葉を継ぐ。
「特別料金を支払うから、出張して来いと言われて」苦笑する彼。
「それに今後は、こうした依頼が増えるかもしれないし」少し考えて、彼が言った。
「介護系の資格の取得も考えているんです」奥から彼を呼ぶ声がする。
「ナースさんでしたよね」彼が私を見て言う、頷く私。
「数日滞在する予定ですが、何かあったら連絡して下さい」西東京の田舎に彼の白い名刺が差し出された。